税理士法人SKJ 岸会計事務所

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<「税理士新聞」より転載>

【 ダース・ベイダーになったフェンシング選手 】

 2008年の北京オリンピックで太田雄貴選手が銀メダルを獲得して以降、日本でもにわかに注目を集めるようになったフェンシングだが、爆発的に競技人口が増えたかという話は残念ながら聞かない。やはり中学や高校で剣道部が根付いていることに加え、特殊な専用の装備などが必要なこともハードルになっているようだ。

 リオ大会では、やはりエースの太田選手の活躍が注目されたが、そのライバルとなる諸外国の強豪選手の名前を挙げられる人は少ないだろう。

 ところが、多くの日本人が、その華麗な動きを目にしている英国人の元フェンシング選手がいる。ボブ・アンダーソン氏(1922−2012)は1952年のヘルシンキ五輪やその後の世界選手権にイギリス代表として出場。引退後は剣を使った殺陣の指導や殺陣師に転身した。そして1980年、映画『スターウォーズ帝国の逆襲』で、ダース・ベイダー役のデヴィッド・プラウズが殺陣を苦手にしていたことで代役として抜擢され、次作『ジェダイの復讐』まで、ダース・ベイダーとして剣を振るうことになった。

 このほか、『007ロシアより愛を込めて』『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』などでもスタントや剣術指導をしている。

【 国家間の競争を禁じた五輪憲章 】

 リオ五輪が開幕した。開会式が近づくにつれてテレビでは早々にメダルの星取表を用意して、日本人選手の金メダル数を予測する番組が流されてきた。しかし、そもそもオリンピックは、「国別対抗戦にしてはならない」ことが存在の大前提となっていることをテレビのキャスターたちは知っているのだろうか。

 オリンピック憲章では、「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」(6条)とし、さらに「IOC(国際オリンピック委員会)とOCOG(オリンピック組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない」(57条)と明記している。ナショナリズムの台頭を徹底して牽制、排除すべきことを高らかに謳っているのである。

 オリンピックは、単なる国境を越えた大会ではなく、各人が国家を超えた平和の祭典だ。争いが絶えることのない世界で、「人類の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指す」(第2条)というオリンピズムの根本原則のもとに開催される人類の壮大な挑戦なのである。選手たちの戦いがナショナリズムを生み、新たな争いの火種を生むようなことがあっては本末転倒だ。

【 選手の活躍を支えるサポートセンター 】

 いよいよリオ五輪が開幕する。慣れない異国の地で選手に最大限の実力を発揮してもらえるよう、日本政府は現地に「ハイパフォーマンスセンター」という日本選手専用の支援施設を設置する。

 同施設はリオの選手村から車で30分ほどの距離にあり、トレーニングジム、疲労回復を助ける炭酸泉のお風呂、温水プール、日本食専門の食堂などが備えられている。選手村の浴室にはシャワーしかないため、広々としたお風呂は選手をリラックスさせてくれるだろう。その他、対戦相手を分析できる作業室も完備されている。さらに選手村から徒歩圏内にも食事サポート専門の施設を設置。米飯や納豆、ふりかけなどを提供するという。

 同センターが初めて設置されたのは2012年ロンドン大会からで、その時は「マルチサポートハウス」という名称だった。この大会では過去最高のメダル数を獲得したことから施設の効果が認められ、続く14年ソチ五輪では設備を強化。3度目となる今回のリオでは過去最高の8億1千万円の予算が投じられ、スペースはロンドン時の4倍となっている。万全のサポートを得た選手らの活躍に期待したい。

【 なぜ男子ゴルフでだけ出場辞退が続出するのか 】

 男子ゴルフの松山英樹選手が、ジカ熱への懸念を理由にリオ五輪出場を辞退することを決めた。虫刺されに対して過剰反応してしまう体質であることも理由のようだ。ジカ熱を理由に五輪を辞退した選手は世界で10人を超えることとなった。

 不思議なことに、ジカ熱を理由に辞退した選手は、ほぼ全員がゴルフの選手だ。しかもジカ熱が恐ろしいのは妊娠した女性が感染したときであるにもかかわらず、女子の辞退は南アフリカのリーアン・ペース選手ただ一人で、残りはすべて男子だ。

 この現象について、女子ランキング7位のステーシー・ルイス選手が「大金のためにプレーする男子選手にとっては五輪出場で失うお金があるのだろう」と痛烈に批判している。賞金の出ない五輪は過密日程を戦うトッププロにとって優先順位が低く、出場しない口実としてジカ熱を利用しているというわけだ。その証拠に、リオに便の良いフロリダに住む米国の選手は一人も出場辞退していないという。

 1904年以来112年ぶりに正式種目に復活したゴルフだが、このように出場回避が続出している現状をみれば、また外される可能性も否定できない。

【 激烈だったベルリン五輪のマラソン代表選考 】

 7月1日、リオ五輪に出場する男子サッカー代表18人が発表された。手倉森誠監督が会見で「悩みに悩み抜いた」と語ったとおり、選考は難航したようだ。直前には最終試験となる南アフリカ戦があり、当落線上の選手も含めた21人が奮闘。4−1と結果を見せたが、最終的にはそのうち6人がリオの地を踏むことを許されなかった。

 選手選考はいつの時代も難しいものだが、なかでも1936年ベルリン大会の男子マラソンの代表争いは印象深い。国内の最終選考会でも結論が出ず、ついに現地の本番コースで4人の選手が実際にレースを行い、上位3人が本大会に出場した。漏れた鈴木房重選手は実績では一番だったが、気候や食事の違いから体調を崩し、五輪出場という夢に手が届かなかった

 夢が破れたのはもう一人いる。前年に世界最高記録を打ち立てていた池中康雄選手は、病に冒された弟に輸血をしたために、最終選考会を途中棄権せざるを得ず、争いから脱落した。さらに4年後、東京大会の代表に選ばれるも日中戦争ぼっ発により日本は開催権利を返上。代替開催のヘルシンキ大会も第二次世界大戦で中止となり、五輪の舞台を踏むことなく現役を引退した。

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